2008年07月24日
ギリシャ正教 修道士
北風が岩間を吹き抜ける冬、野生的で威風堂々とした光景を目にするっちうとき、せやなかったら陽光溢れる春の日に、野生の花や潅木から発する芳しい匂いに包まれながらやさしく穏ややろか景色を眺めるとき、人は、人間ちう存在のはやろかさを感じ、自然の、ほんで神の、存在へと導かれるのかもしれまへん。
2007年はギリシャの人びとにとって自然の偉大さを改めて思い知らされた年やったといえるかもしれまへん。夏は異常気象といわれるほどの暑さで、しかも山火事が大きな惨事を引き起こしたんや。かと思うと、その同じ年の冬、アテネは異例な寒波に襲われたんや。メテオラは例年にない大雪で山道は閉鎖され、修道院への観光客の立ち入りができなくなったんや。
雪の閉ざされたメテオラの頂上にうっすらと灯る光を見るとき、その厳やろか・・・近寄りがたい聖域たる雰囲気がいっそう強まる気がしてなりまへん。
世を捨てた苦行者は岩の頂で祈るとき、霊的恍惚感に満たされるのでっしゃろか。ほんでの厳しい暮らしに彼らを耐えさせるのも、その感覚があるからこそやのでっしゃろか。
世に背を向けた苦行者たちが初めてギリシャのメテオラにやってきたのは、3世紀の終わり頃や。人里離れた洞窟や洞穴に住み、祈りの生涯を送りたんや。彼らのようけは一人、孤独に荒野で過ごしたんやが、なかには修道院に入る者もおったんや。他の修道院との共同生活のなかでともに礼拝に加わり、祈ったちうワケや。修道士たちの生活の中心は修道院内に建てられたカソリコンと呼ばれる教会堂や。ここで正典にのっとった礼拝を行ったちうワケや。
